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  • 俺の履歴書〜3社目〜

    俺の履歴書〜3社目〜

    俺はDラン大学を卒業し、4回の転職を経て現在は東証一部上場企業に在籍している。

    これまでのどの判断や行動が今のキャリアをかたちづくったのか判らないので、箇条書きに整理して就職や転職必勝法をお伝えすることはできないが、俺が重視してきたことや行動についてお伝えしたい。

    3社目(IT技術者としては2社目)の目標は給与アップ

    サラリーマンでも給与交渉はしよう

    中小企業で働いている方にぜひ覚えておいて頂きたいのは、入社後も給与交渉は出来るという事だ。制度が整っていない企業なら尚更の事、自分でアピールしていかなければならない。これをしないという事は現状の給与に満足していると捉えられても仕方ない。飲み会でクダを巻いても給与は上がらないのだ。

    給与に不満を持っているならその事を伝えるのは意味がある。なぜならこれが一番会社が自分をどう評価しているのかを知ることが出来る。

    給与が上がればOK。給与が上がらない場合は、相応の貢献をしていないか、会社が上手くいってないか、社員をコストとしてしか見ていないかのどれかであると捉えて良いと考えている。

    給与アップのサイクルを回そう

    当然、ただ給与に不満を持つだけでは交渉しても相手にされない。去年から成長した点、会社に貢献した点を整理して交渉時に提示する必要がある。

    大事なのはスキルアップもさる事ながら、業績に直接貢献することだ。スキルアップは定量的な評価が難しいが、客先から仕事を取ってくれば数字として成果が見える。案件受託でもエンジニアの追加派遣でも良い。

    会社貢献(スキルアップ/売上増加)→給与交渉を毎年繰り返せば給与は上がる。明確な貢献があるのに給与を上げてもらえないのであれば、企業経営が上手くいってないか、社員をコストとしてしか見ていないかの何れかと考えて早々に転職を検討すれば良い。

    このサイクルを意識して日々働くことで、3年間で400万円から550万円まで増やすことが出来た。

    ちなみにこの会社では定期昇給は年に数千円しかなかったので、交渉しない人は3年間働いても10〜20万円の給与アップが良いところだ。

    このフェーズでのおススメ企業

    ある程度、ITエンジニアとして仕事ができるようになってきたフェーズで、俺のお勧めする所属すべき企業は人材派遣会社だ。

    人材派遣会社は「人身売買」だと揶揄されるが、目的をもって在籍する分には非常に良い会社&仕組みだとおもう。

    理由は簡単。大手企業へ派遣社員として潜り込めるチャンスがあるからだ。

    既に周知の通り俺はDラン大学卒である。当然勉強もしてこなかったし、小学生の頃から、これからは英語が重要と言われていたのに英検3級ですら落ちている。

    一方で新卒採用の評価指標には職歴が無いので大学までの実績が問われる事になる。社会人になれば仕事ができる高卒もいれば、仕事ができない東大卒も居るのだが、それが判るのは入社後の話だし、良い大学卒の方が確率的に“アタリ”の可能性が高いのは事実だろうから、凡庸で学のない俺が新卒でエントリーしても「お祈」メールしかこないのは当然である。実際にそうだったし…。

    しかし一度社会に出て”中途“となれば職歴で評価して貰える。”して貰える“と書いたのは、“仕事が出来る”という評価を得る事の方が良い大学に入るよりもよっぽど簡単だからだ。更に派遣社員として潜り込めれば、実際に働いている姿まで見て貰えるのだ。

    そこで、上記の給与アップサイクルを回すと3つメリットがある。

    ひとつ目は先に述べた通り、業績への貢献から今の給与アップを狙える事。

    ふたつ目はその派遣先企業からの一本釣り転職で後の給与アップを狙える事。

    みっつ目は、仮に本命企業からの一本釣りに失敗しても、一緒に働いている他の(給与水準が高い)企業へのスライド転職も選択肢として出てくる事。

    だから人材派遣会社に所属するだけではダメで、意中の企業のプロジェクトに参画出来るよう、どういった企業と取引が有るのかも気にすべきだし、直接の発注元だけでなくその上の企業や発注元が何処なのかもチェックする様にしよう。

    そしていざ運命的なプロジェクトが舞い込んだ時には何としてもその案件に参画出来るようチャレンジしよう。参画できれば儲けもので、あとはただ“仕事が出来る”という評価を貰えれば良いのだ。

    3回目の転職

    3社目では何件か案件をこなしつつ、派遣先を品定めしていた。そして「ここなら!」と思う意中の企業への派遣面談にはだいぶ気合いを入れて赴いたのを記憶している。

    3社目に入社から5年後。俺は結果的にみっつ目の選択肢を選ぶ事になった。派遣先は変わらず意中の企業のままでスライド転職である。

  • 俺の履歴書〜2社目〜

    俺の履歴書〜2社目〜

    俺はDラン大学を卒業し、4回の転職を経て現在は東証一部上場企業に在籍している。

    これまでのどの判断や行動が今のキャリアをかたちづくったのか判らないので、箇条書きに整理して就職や転職必勝法をお伝えすることはできないが、俺が重視してきたことや行動についてお伝えしたい。

    2社目はひたすらスキルアップを目的にしていた。

    営業からプログラマーへのキャリアチェンジを成功させる事が目標である。

    プログラマーへジョブチェンジ

    2社目はシステムエンジニアを派遣する会社に所属した。

    1社目の営業時代はPCを全く使いこなせていなかった。検索すらもままならない状態で、2社目に入社してから「ググる」という言葉とGoogleという企業を知った位だ。

    しかし時代はインターネットバブル末期である。一応就職前に勉強したとは言え、文系上がりのなんちゃってプログラマーを快く雇ってくれた。

    入社当時はよく理解していなかったが、どうやら顧客企業に常駐してシステムカイハツをするらしい。特に自社内で仕事をしないという事に酷く驚いた事を記憶している。

    要は人材派遣会社だったのだ。まぁこちとらプログラマとしての経験値を稼ぐ事を目的にしているのでどこでも良い。

    事前に心の準備をしておく

    1日目の通勤中に自分に強く言い聞かせたことがある。

    「俺はITに関しては無知である。そして中途なのだから、経験値豊富な年下が居るはずだ。その年下からバカにされる事も覚悟しよう。」

    1社目では最後の数ヶ月はチームリーダーというポジションにいた。4〜5人のチームメンバーに偉そうな態度で成績を上げるノウハウを指導するという仕事だ。(余談だが、今から考えるとこの時のチームマネジメントは最悪で全くチームの成績は振るわなかった。)

    前職では人に指示を出したり講釈を垂れていた訳であるが、新しい職場であるだけならいざ知らず、新しい職種に就くのである。しかも経験値はゼロ。まぁ普通に考えて敬意を持たれる事は無いだろう。それが、年上ってだけで偉そうな態度を取っていればどうなるかは明らかだ。

    この会社における俺の目標は経験値を稼ぐ事である。年下でも誰でも教えを乞わなければならない。

    ところが、漠然とそう思っているだけではいざバカにされた時、咄嗟には対応できないものだ。行動には出なくても羞恥心やプライドが邪魔をして不快感を感じてしまう。

    そうならない為に事前に心の準備をちゃんとしておく必要がある。disられ耐性を高めておくのだ。

    ゲームでもそうである様に、耐性を高める魔法を習得していても事前に唱えなければ効果は無い。この儀式は何となく準備しておいても効果は無い。

    今になって思えばこれも1社目で獲得した言葉の力によるものだろう(言葉の力は「俺の履歴書〜1社目〜」を参照されたい)。

    案の定、2年間俺の教育係は年下だったし散々バカにされた。その度に「エヘヘ」なんて顔しながら教えを乞うてた。

    幸い初日に唱えた魔法の効果はこの間ずっと続いてくれた。

    スキルアップフェーズは給与に拘らない

    2社目における年収は凡そ350万円だった。1社目の最後は280万円位だったので70万円は上がった。

    社会人4〜5年目としてどうなんだろうか。他人と比較もしてこなかったので判らないが多分低いほうでは無いだろうか。

    だが1社目、2社目共に会社選びの基準に年収は入れてなかった。両社ともスキルアップを目的にしていたので、給与は貰えるだけラッキーという考えだった。勿論全く貰えないと困るが…。

    まだ勝ち組、負け組の様な概念が(少なくとも)俺の中に無かったのがよかったのかもしれないが、社会人経験が浅い時期は給与なんかよりも自己成長全振りで考えた方が良い。

    スキルアップを続けていけば、自ずと俺にかかるコスト(給与)と俺のもたらす価値(売上)が逆転する損益分岐点を迎える。

    「自分の値段を釣り上げるのはそれからだ。」と考えていた。

    今時でいうと「市場価値」という概念になろうか。

    最近はSNSで他人の生活に触れる事が富に多くなっており、つい自分の境遇と比べてしまうことがあると思うが、百害あって一利なしだ。

    他人を軸に置いて自分が回るのは、自らの価値を自分の手で貶める行為であると戒めるべきである。

    転職を決意

    この会社は2年間だった。

    いくつかプロジェクトを渡り歩いたが、ある大手IT企業のマス向けWeb購買システムの開発ではプログラミングだけでなくDBも勉強させて貰った。

    一通り勉強して、頭でしか理解していなかったシステム開発を身体でも理解することが出来た。

    学校の勉強でも経験した事は無いだろうか。今まで点として理解していた事柄がある瞬間に繋がり、線となって実感を持って身に付いたと思える瞬間が。

    俺は高校の世界史で体験したなぁ。

    ある時、仕事をしていたらその感覚を覚えた。

    よし次だ。

  • 俺の履歴書~1社目~

    俺の履歴書~1社目~

    俺はDラン大学を卒業し、4回の転職を経て現在は東証一部上場企業に在籍している。

    これまでのどの判断や行動が今のキャリアをかたちづくったのか判らないので、箇条書きに整理して就職や転職必勝法をお伝えすることはできないが、俺が重視してきたことや行動についてお伝えしたい。

    1社目で培ったことを一言で表すなら「モチベーションコントロール手法」だと思う。

    如何にしたらできるだけ楽にモチベーションを安定させることができるか。アップでもダウンでもない。安定が大事だ。

    目標を設定しその意思を貫く

    会社に入社するときに(又は入社後でもいいが)、何かその会社に在籍している間の目標を設定しそれを達成しよう。

    俺はこれから入社する会社がどんな会社であれ3年間は働き、3年後にその後の方針を決めると決めた。

    今振り返ると頭の悪そうな目標設定だし、「とりあえず3年は我慢しろ」みたいな古い考え方だが、これは絶対に達成しようと決意したのを覚えている。

    大事なのは設定された目標の中身ではなく、設定された目標を達成する「意志の強さ」だと考えている。

    この目標達成に向けて一歩一歩着実に積み上げる努力はどんな職場でも大事になるし、困難な時にやり抜く自信にもなる。

    まぁこういうのは習うより慣れろだ。適当に目標を設定して達成してみよう。

    設定するのは少し背伸びすれば届く目標がいいと思う。

    自分の言葉の力に気をつけろ

    3年勤続は難しいのか。これは環境にもよるだろう。

    当社の新入社員在籍率は入社1年後には50%を割っていた。

    在籍期間中の年収が300万円台を達成する事は無かった。

    まぁ今でいうブラック企業だ。

    するとどうなるか。

    入社1か月目から同期が集まって話題になるのは「いつ辞めるか」である。

    入社後1年で50%以上は離職していたと記憶している。

    俺はこの手の話には付き合わないようにしていた。感化されるのが怖いからだ。

    感化で恐れるのは他力によるものではない。自分自身だ。

    自分の口から発する言葉は凄い力を秘めていると感じている。

    他人の言葉はそれほど自分の心を動かさない。

    他人の言葉が自分の心を動かしたように思うのは、それは自分が期待した言葉だった時や新たな発見があった時だ。

    一方で自分の言葉は怖い。

    少し、心の片隅で思っている事を口に出した途端、それは事実となって自分の心を占めていく。

    鏡に向かって自己暗示をかけるっていうアレである。鏡に向かってやると効果が早いだけで、鏡に向かわなくても発言は思考や行動を変える力を持っている。

    従って、辞めるネタの集まりには参加しないよう、付き合う同期は選ぶよう注意した。

    余談だが、普段から辞める辞める発言をしている同期に限ってなかなか辞めないか一緒に辞める仲間を探している。アレは同志を募るPR活動だ。

    優秀な奴だと一目置いていた同期は退職が決まった後にその事実を伝えに来るだけで、いちいち事あるごとに「辞めたい」だの「辞める」といった発言はしない。

    前者の同期が辞めたい発言をした時に、「早く辞めればいいじゃん。時間勿体無くね。」と言ったら「俺ちゃんさー、そうじゃないでしょ労わってよ。」だそうだ

    「ブッ殺す」と心の中で思ったならッ!
    その時スデに行動は終わっているんだッ!

    出典元:集英社出版 荒木飛呂彦著『ジョジョの奇妙な冒険』

    プロシュート兄貴ィッ! やっぱり兄貴ィはスゲェーやッ!

    言葉の力はプラスにも使えるが、当時の俺はマイナスに作用しないように抑制する意識しかなかった。プラスの活用は今でも結構難しいと思っている。

    他人と競わない

    もう一つ、1社目で得た大事な知見がある。

    他人と自分を比べることを辞めることだ。

    他人と競い合うことは向上心の糧になることもあるが、上手く行かない時には自分より下の人(成績)を見て、「まだ大丈夫」と安心する材料にしてしまう。

    そしてどちらかというと後者の意識のほうが効果が強いと考えている。

    俺は比較的営業成績上位で安定していたが、1回だけ著しく低下した月があった。

    振り返って気づいたのは、その月だけ他人の成績を意識していたのだ。

    何故だか忘れたが、「今月は絶対1位の営業成績を取ってやろう」と考えて他人の成績を意識していた。

    自分の調子が良い時は上位同士で切磋琢磨するしモチベーションアップに繋がるのだが、うまくいかなくなると自分より成績が下の営業がいることを確認して安心材料にしてしまっていた。

    「まだ自分より下がいるから大丈夫」

    全然大丈夫ではない。

    この思考はモチベーションアップに寄与しない。むしろモチベーションダウンに繋がる。

    それから他人の成績を意識することを辞めた。1位を取ってやろうと意気込むのも辞めた。

    その代わりに、「昨日の自分と比べて今日はどうだったか」を意識するようにした。

    当然毎日、昨日より良いわけではないが、内省は行動に繋がるのか営業成績は上位安定に戻った。

    これは性格にもよるだろう。他人と競う方が良い人もいると思うが、俺は過去の自分と競う方が良い効果をもたらした。

    転職を決意

    きっかけは2つあった。

    ひとつは当初決めた目標の通り3年たって振り返るタイミングが来たこと。もうひとつは、この職場で得るものが無くなったと判断したこと。

    後者の判断には自信(過信?)だけではなく一応の根拠があるが、今回の趣旨にはそぐわないと思うので割愛する。

    というか長くなりすぎた。

    結果的に3年ちょうどで1社目を退職した。

  • 社会人遍歴 はじめに

    社会人遍歴 はじめに

    働き方カテゴリについて

    数日前になかなかパンチの効いたタイトルで就職氷河期世代がニュースに取り上げられたので、これをきっかけに「働き方」カテゴリについても投稿していきたい。

    ひきこもり多い氷河期世代…「生活保護入り」阻止へ早期対応

    出典元:産経新聞 2019.4.11 06:0

    それにしても…”防止”は無いんじゃないかなぁ。虐げられている感で満載である。本当に苦労している人達はまた社会との距離を感じてしまうんではないだろうか。

    Wikiによると、就職氷河期とは一般に1993年~2005年に大学を卒業し新社会人になった(なる予定だった)世代を指すらしい。

    私は2000年卒である。

    2000年は求人倍率が0.99倍で、2019年現在までで唯一求人倍率が1倍を割った年として記録されている。

    俺の卒業した大学は、とあるランキングサイトで見るとDランクだそうだが、それほど就職氷河期を肌で感じることはなかった。

    と、言っても優秀だったわけではなく、自己分析もせず、やりたいことも特に無く、とりあえずいいかなと思う企業を相手に就職活動をして、1社目に採用通知を貰ったところで活動を辞めてしまった。

    感じるほどに努力はしなかっただけだ。

    その結果、当時流行った似非ベンチャーに就職をした。

    俺のコミュニケーション能力も中の下から下の上といったところ。

    TVを見ないことはないが、芸能人の名前も、流行りの歌のタイトルも覚えられない。

    話題についていけず頭の回転も鈍いので、飲み会の話題にも困る始末である。

    そんな俺だが、4回の転職を繰り返し今現在は東証一部上場の企業に在籍している。

    ネットにはブラック企業勤めの人が転職活動で大逆転を成功させてきた例が紹介されるが、どれもとても素晴らしい個性に依存しており再現性が乏しい(他人が真似するのがむつかしい)のではないかと感じる。

    相当な人格者やカリスマ性を持った人なんだろうと思う一方で、自己に投影してみてもリアルさを感じない。

    俺の場合はどうであろうか。今に至るためのポイントとなる行動はあったと思っているが、個人的には再現性は高い(他人が真似しやすい)のではないかと思っている。

    大企業に勤めることが必ずしも正解ではないが、俺の経験が誰かの何かに役立つかもしれない。

    「働き方」のカテゴリでは、そんな俺の考えや行動を整理していきたいと思っている。もちろん過去を振り返るだけでなく未来も見据えたい。

    俺もまだ次のチャンスを狙っているのだ。